想い...色々
朝からぼわ~っと熱せられた空気。
「清々しい夏の朝」、なんて言葉とはかけ離れた、
息をするのも重たいような、そんな朝です。いやだな~
パソコンの前も暑苦しい。
朝から座ってキーを打つと、汗が滲んでくる。
だのに、日記を書いてるって? おバカです。
新しい組織になった団体は、
色々なことがあって、内部亀裂が至る所に。
なので、何をするにもメンバーが足りない。
手伝い始めたときは、それなりにたくさんの人が
色々なイベントに携わって、運営されていたけど、
今は、私の含まれるほんのわずかの役員たちだけが、
あれもこれも、あっちもこっちも、
全部自分で動くしかない状況になってしまってて。
だったら、活動を思い切り削ればよいのに、
今までと同じだけの活動をする上に、
あれもこれも、と、それ以上に増えていく。
必然的に、私の抱える仕事も何倍も増えてしまった。
毎日毎日、そのボランティアのための仕事に追われている。
これから大きなイベントが控えているから、
その仕事量は加速度的に増えることでしょう。
元々、処理能力の少ない私なのに・・・
そして、今更だけれど、
アンダーグラウンドで交わされている、
音声では届いてこない憤懣、疑惑、非難が、
じわじわと、身の端っこをひっかくように近づいてきて、
なんだかとっても、落ち着かない。
何が悪いのか、どこに問題があるのかも、
漠然とは分かるけれど、
私にいったい何ができるだろう?
今、目の前にある作業を、
きちんと終えることしか・・・
そんなこと考えている間に、また仕事が増えてしまうし。
明日と明後日は、お休みをもらって、連絡を消してしまう予定。
そのために、今日もめいっぱいの仕事です。がんばらなくちゃ。
ためいきだけど・・・
2010年7月23日 08:21
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想い...色々
夕べの日記にちょっと関連して、
ずいぶん昔に読んだ、とある男性作家のエッセイを思い出しました。
(って、誰だったかよく覚えてない・・・)
ちょうど「冬のソナタ」大フィーバーの後くらいだったか。
そのエッセイでは、男と女の違いを、こんな風に表現していました。
----
想い焦がれる映画やドラマの俳優などがいる場合、
その男性の隣に自分を置くときに、
女性は、今の自分ではなく、ごく自然に、
自分自身が若く輝いているころをイメージする。
男性の場合、魅力的なタレントや女優の隣に置くのは、
今現在の自分であって、決して若いころの自分ではない。
「冬のソナタ」のペ・ヨンジュンを追いかけている女性たちの、
あのまるで童女のような瞳をみればすぐにそれと分かる。
そこにいる中年女性たちはみな同じように輝く乙女だ。
しかし、魅惑的な若い女性タレントや女優を見つめる中年男性は、
今現在の自分が、若い彼女たちにモてるシーンを夢見ている。
男とは、なんとも生々しくてつまらない種族である。
----
表現は違うけど、だいたいはこんなことが書かれていて、
ふ~ん、と感心して、ひたすら納得したことを覚えている。
その後、その話を、男性の誰かに問いかけたことがないので、
多くの男性がその通りなのかはわからないけれど、
女性の場合は、まさにその通りだな、と思う。
女はみんな、かわいい種族なのです。
2010年7月 4日 21:03
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想い...色々
あるカード会社の冊子に載っていた松任谷由美の特集に、
こんなことが書いてありました。
ユーミンが最近リリースしたCDからの話です。
夫婦愛のストーリーを「ダンス」という言葉で紡いでいく・・・
「男と女、人と人が向き合って、
抱き寄せあって、というダンスの行為。
それが、多くのことを言い表しているんじゃないかな、と思ったんです」
前後の話をはぶいて、そこだけを取り出すと、
ちょっと意味不明かもしれないけれど、
この特集を読みながら、ダンスについてイメージが、
いろいろに膨らんでいってしまったものだから。
映画の中で、大好きなダンスシーンがたくさんありました。
(主に、もう20年近く前の作品が多くて、最近の映画ではないけれど)
心の冷えてしまった夫婦が、そっと寄り添いあうダンス、
立場の違う男と女が、惹き合う気持ちを隠しながら屋根裏で踊るダンス、
出会ったばかりの二人が、お遊びの中で急速に相手に惹かれていくダンス、
などなど・・・
日本人は、そんな風にダンスが身近にはないけれど、
ほんとうに自然に、外国人(ハリウッド映画ばかりだからアメリカ人かな)は
ダンスが生活の中に一部になっている。
素敵な映画のそんなダンスシーンを、
いつもうっとりとして観ていたっけ。
ところで、
あなたは今、ダンスを踊りたいパートナーに誰を選びますか?
そんな質問を受けたら、何と答えるでしょう?
「夫(または妻)」と答える人は、ほんとうに幸せな人だなあと思う。
でも、案外多いのかも?
年を経てこそ、夫婦で踊るダンスは、きっとロマンティックなことでしょう。
さて私・・・
う~む・・・ はあ、だーれもいないな~
自分が躍るよりも、
映画の素敵なダンスシーンを、うっとり観ていた方がずっといいです。
2010年7月 3日 21:14
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想い...色々

雨に打たれてすっかり下を向いてしまった今朝の紫陽花。
携帯で撮ったので、きれいに撮れていないけれど、
出かける前のバタバタしている中、急いで撮りました。
鉢植えだし、肥料も足りなかったのか、枝が細い。
だから、晴れてももう、頭を上げる力はないかもね。
お花が終わったら、たっぷり肥料をあげなくちゃ。
何年も前のこと。
鎌倉と逗子市の堺目あたりに、曼荼羅堂跡というところがあって、
そこの紫陽花が見事だからと連れて行ってもらったことがあったっけ。
小道を登り切った丘の上は、見渡す限り、背よりも高い紫陽花に覆われて、
見事に咲いた紫陽花のトンネルを、
ちょっと首をひっこめながら迷路のような道を歩いた。
もう何年も前、その曼荼羅堂跡は閉鎖されて、
紫陽花を見に行くことはできなくなってしまったらしい・・・
亡くなった母が大好きだった紫陽花。
紫陽花好きの母らしく、6月に生まれて、6月に逝きました。
そして、私はといえば、紫陽花にはかたつむり。
子供のころは都内でも、
梅雨のころに咲く紫陽花の葉をひっくり返すと、
大きなかたつむりを簡単に見つけることができた。
今では、大きなかたつむりなんて何年も見たことがないけれど。
母と、そして子供だった自分のことを、
紫陽花の花を見るたびに、ふっと思い出す。
今年もそんな紫陽花がどこも満開。
鎌倉までは出かけられそうもないけれど、
庭にも、街角にも、青紫の紫陽花がいっぱいで、
それだけがうれしい梅雨の季節です。
2010年6月21日 22:05
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想い...色々
風景
新宿御苑へ行ってから、もう1週間よ!
1週間なんて、「あ」とも言えないくらい早い気がする。
そして、今週1週間、めいっぱいハードな時間を過ごしたら、
今度の日曜日が大山場。
2つの総会が、まるで、
どう飲み込んでやろうかと大きな口を開けてスタンバイしている魔物みたいに、
私の前に立ちはだかってる。
すんなりと通ったら、
その先には、少しは落ち着いた時間が届くのだろうか?
ボランティアってなんなのだろう?
団体を手伝うようになって、そんな疑問が、
ずっと私の中でグルグルと回り続けている。
まして、こんなにたくさんの時間を使い(使われ)
労働どころか、経費さえも自己負担して、
ときには、失意。ときには、疲労困憊。ときには、苛立ち。
自分でコントロールできない状況にとりこまれる。
得るもの? なんだろう? あるのだろうか?
やめてしまえば済むこと・・・?
団体の状況が安泰で、人手もあり、余裕があるならともかく、
今のこの状況では、やめるなんてとてもできない。
とにかく、あと1週間。何も考えずにがんばって、
来週の日曜日を乗り越えて、
新しい体制になったら・・・
そっとフェイドアウトしていこう、と心に誓って。
あと1週間・・・
2010年6月20日 20:47
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想い...色々
今日で5月が終わります。
日々の過ぎるのが早すぎる・・・
どうしてこんなに早いのだろう。
昔の人もこんな風に感じたのかな?
たとえば、
「朝日の後にに起きてきて、夕日の前に寝てしまう」
ハメハメハ大王のおくさんは、
もっともっと1日が長かったのだろうか?
今朝、掃除をしながらそんなこと考えてた。
でも・・・
ひとつ、分かっていることがある。
パソコンの前に座る時間が多すぎること。
もちろん、仕事も多い。
だけど、仕事とはいえない時間もいっぱい使っている。
ほら、こうして書いている時間がそう。
そう。
パソコンを知らなかったら、
きっと、もっともっと時間がたくさんあった、はず。
「書を捨てよ町へ出よう」
これは寺山修二だけれど、
なぜかこの言葉が頭の中で何度も繰り返す。
「書を捨てよ町へ山へ里へ出よう」
パソコンを捨てて、外へ出たら、
新しいものに出会え、ゆっくりとした時間が手に入る、
そんな気がするけれど、
それも、やっぱり幻(まぼろし)だろうか?
2010年5月31日 21:38
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想い...色々
2010年4月26日 14:16
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想い...色々
風景
3月に買ったばかりのデスクトップ。
不具合があって、1度新品交換してもらったあとで、
また別の不具合のため、今度は修理工場へ。
そのメーカーは1日修理制なので、翌々日には戻ってきました。
ダンボールの中にあった修理の報告書には、
「お客様ご申告の現象について、再現性がございませんでしたので、
念のため、マザーボードを交換させていただきました」
と書いてありました。う~ん。嘘ついたわけじゃないのに。
再現性・・・か。
起動の度に毎回起きるトラブルじゃないから、
そういうことになるのよね。
ま、仕方ないのでこのままそろりと使うしかないけれど。
さて、その「再現性」という言葉に、ちょっと瞑想・・・
「再現性」を自由に操れたらいいな~
今日はとっても楽しい一日だった!
と思ったら、「再現性」ボタンをちょこっとクリックしておく。
そうしたら、また近日中に「楽しい1日」が再現される。
いいよね~
あるいは、「不再現性」ボタンをクリックすれば、
「再現性はございません」結果になる。
いやだな~と思ったことや、何度も繰り返すトラブルなんかに、
この「不再現性」ボタンをクリックしておく。
で、もう繰り返さない。二度と、ね。
ほんとに人生、もう繰り返したくないことがいっぱいで、
また起きて欲しいような楽しいことは、滅多にないものです。
切ない人生・・・
しかし、新品のデスクトップよ、もうトラブルを起こさないでね。
お願いだから・・・
2010年4月16日 11:48
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コンピューター
想い...色々
ポストにレターパック(日本郵便でこんなのがあったのね)が届いていた。
それは、5年ほど先輩のプロカメラマンからの郵便物。
入っていたのは、ワープロで書かれた手紙と「Paris」という写真集だった。
このお正月、先輩からの年賀状で、去年交通事故にあったことを知った。
大きな事故だったけど命は助かり、何度も手術を重ね、
まだこれからも手術をしなければならないことや、
大切な人たち、親しい人たち(先輩や後輩たち)を相次いで亡くし、
(それは、私も知っている人たちのこと)
心も身体もボロボロの様子に、私も胸が痛んで、
優しい柄のタオルにメッセージを添えて、お見舞いを贈っていたのだった。
手紙にはやっと少し落ち着いた様に書かれていて、
この夏、フランスで個展を開く予定のことも記されていた。
右手が動かない様子に、写真家としての仕事は続けられるのだろうか?
最後の手術で、動くようになるのだろうか?
フランスでの個展を無事に開催できるのだろうか?
そんなことが気にかかるけれど、
悪いことばかり続くわけじゃないもの。
きっと、これからは良いことが続くはず。
写真集のページを繰りながら、
先輩に比べて、私って、なんて小さなことを愚痴っているんだろう、と
少しばかり恥ずかしくなる思いだった。
明日は良い日。がんばろう!

2010年4月13日 20:23
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健康と生活
想い...色々
またまた、寒い! それにかなり本格的に雨も落ちてきた。
約束の用件をひとつ、午前中に済ませて、
またもう1度出かけようと思っていたけど、
外に出る勇気がしぼんでしまった。
だって、寒い上に、こんな冷たい雨まで降っているんだもの。
ということで、支離滅裂第3弾!
今朝、とても淋しい文字を眺めていた。
webの上では軽く10年を超えるお付き合い。
インターネットで知るその人のその時を、
そして、お互いに続けてきたwebでの自己表現を、
私の片想いだとは思うけど、
かなり支えにしながら、この10年を続けてきた気がする。
そんな人が、
あえて、インターネットという情報世界からエスケープするという。
脱出した先には、きっと大きな自由があるのだろうな。
気がつけば、インターネットにがんじがらめになっている自分。
最新の情報取得と、自己表現のツールとして使っているはずだった・・・
けれど、いつの間にか、使わされる身になり、
それが無ければ夜も日も空けない・・・ような日々。
でも、違うことはとっくに気づいてる。
便利だけど、無くたって死なない。
無くたって、生きていける。
10年前は、要らなかった。
やめてしまおう、とは、何度も何度も思いながら、
多くの枷が外せられず、
そして何より、自分の居場所を失いそうで、
結局は何も捨てずに続けてた。
多分、これからもずっと・・・
後から後からからみつくようなこの網の目から、
さっさと脱出してしまった友に、
大きな嫉妬心と、
そして、ため息の先に広がる淋しさと、を感じています。
もう、ここも読むことないだろうな、と思って書いちゃった・・・
横のソファで、さくらがぬくぬくと眠っています。
ガラスの外はまだかすかな雨が落ちている。
さて、今日はこれからどうしよう・・・
やっぱり、出かけてこよう。冷たい雨の中を。
2010年3月29日 13:32
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想い...色々
本日も、憂さ晴らし・・・かな?
仕事についての質問を夕べ送っておいたのに、
返事が来ないから、自宅で出来る仕事もストップしています。
な~んにもできないじゃん!
おまけに、パソコンも色々トラブルがあって・・・
なんか気力がみんな消えてしまった。寒いし・・・
いよいよiPadが発売される、というニュース。
私たちの世代は、本は紙、のイメージしか沸かないけれど、
若い人には、もう紙じゃなくなるのね。
今は、ほとんどの本が紙で売られ、
その中の何割かが電子書籍として販売されている状況だけど、
もうすぐ、ほとんどの本が電子書籍で販売されて、
その何割かだけ、紙の本として売られる時代になるのです。
しかも売られているのは、街角の本屋さんじゃなくて、
インターネットの書店サイトばかりに。
ぶらりと書店に足を運び、あてもなく背表紙を眺め、
気に入ったデザインのカバーに惹かれて手にとって、
気がつけばレジで清算していた・・・なんてこと、
もうちょっとしたら、有り得なくなるのです。
都心の片隅に、今も古いレコード盤を売っているお店があるけれど、
紙の本も、そんな古本屋さんにだけ並ぶようになるのかな?
さて、私は困ります。
私が本を読むのに一番好きな場所はベッドの中。
本を持ったまま、いつしか眠りに入ります。
で、本は顔の上、あるいはベッドサイドの床の上に、
バサっと音を立てて落ちるのです。
もし、本をiPadで読んでいたら、顔は痣だらけになり、
iPadは一晩で壊れます。
ところで、今ベッドで読んでいるのは、またまた「蒼穹の昴」
文庫本全4冊、2度目の読書です。
初めは一気に読んでしまって、しばらく他の本を読んでいたけど。
日中共同制作のドラマをテレビで毎週見ていて、
それが、あまりに浅田次郎の原作と違うことに混乱して、
もう1度ゆっくり読み直したくなったのでした。
中国が作るドラマだものね。
中国にとって気持ちの良くない話は飛ばしてしまうのは当然かも。
でも、恋愛ドラマみたいになっているところが、とーっても不満。
原作はもっともっと奥行きが深く、一大感動巨編なのに、さ!
ただ、主人公のひとりの春児(チュンル)がとても良くて、
心から惹かれます。

配役は余小群(ユイシャオチュン)という18歳の俳優だそうだけど、
原作に出ている春児のイメージそのままに、
見ていて優しく、そしてちょっと切なく、愛しいのです。
西太后の信頼を受けた宦官で、常にそばに付き、
清朝の衰亡の中、朝廷政治を必死で貫き通す皇太后の哀しさを、
ただ1人理解して支え続けた誠実な太監・・・
ということで、目下のマイブーム「蒼穹の昴」の徒然でした。
なんか、支離滅裂・・・
2010年3月25日 16:13
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エンターテイメント
想い...色々
公園の桜が少し開き始めて、いよいよだな~と思った途端の、
今日のこの寒さと雨です。
ずっとパソコンの前で入力作業・・・余計に寒くて。
で、ちょっと休憩。
時は春爛漫。桜色のトンネルがあちこちに出来るこの半月ほど。
見逃せばすぐに散ってしまう桜の協奏曲。人々がこぞって狂う季節です。
生徒さんからのメールが携帯に届き、「ワクワクしています」との文字に、
思わずニッコリ。
とあるブログを見れば、「オレはキライだ」という。
「ソメイヨシノのクローンに、提灯をぶら下げて、満開のその時だけの桜を愛でる。
桜の花は、冬の枯れ枝から蕾が膨らみ、咲き、そして散る、
そのどの時を取っても、見ごろであることさえ、知りもしないで」
う~ん、確かに!
今は、そのクローンがどこにもここにも桜の名所を作っている。
桜祭り、提灯に屋台、ビニールシートとお酒と宴会。
日本人の桜好きは、「これでちょうど良い」を知らないみたい。
だけど、やっぱり美しいです。感動します。
一本だけでも美しい。並木道も美しい。
豪快に咲き誇っている桜も、ひっそりと隠れるような桜も美しい。
今年はどこで楽しめるのかな?
桜の時期って、私はいつも忙しい・・・から、
なかなかタイミングが難しいけれど、
どこかで、ふわっと薄桃色の桜の花に出会って感動できる、
その日がもうすぐです。
憂鬱なことなんて忘れて、楽しまなくちゃね。
とはいえ、今日の雨はかなり憂鬱だけど・・・
2010年3月24日 15:23
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想い...色々
今日は春を通り越して初夏のようだった。
毎日、大きく季節を行き来して、晴れのち雨のち曇り・・・の不安定な日々。
そして、めまぐるしくて賑やかなニュースが洪水のごとく。
ひとつひとつに思うことが溜まり続けて、
日記に書こうかな、と思ったときは既に時を逸してる。
どうも、日記に向けるエネルギーが足りないみたいです。
ふむ? これはひょっとして失い続ける若さのせい?
それとも、萎縮し始めた脳のせい?
長い間、エッセイを綴っていた友人が、サイトを閉じちゃったせい?
仕事が忙しい?(これは違うな~)
原因は分からないけど、
なんだか、入力画面を開くところまで行かないのです。
その分、毎日ツイッターで、なにやかやとつぶやいています。
とっても気楽に。140文字で。
そのうち飽きてしまうとは思うけれど。
それにしても、
ほんとに、世の中、大丈夫かな?って思う・・・
さらさらブログにも載せたけど、
ムスカリの青い色が愛らしい季節になりました。

2010年3月16日 21:36
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想い...色々
気がつけば三月です。
オリンピックも閉会してしまいました。
風邪がなかなか抜けなくて、
おまけにちょっと体調を狂わせたりしてたので、
どうにも、元気の出ない2月でした、が! 三月です。
それにしても、さんぽ道に日記を書くペースが、
ガクンと下がっています。
大きな理由は、元気が無かったこともあったけれど、
毎日ちょこちょこっとツイッターで呟いていたら、
なんだかそれだけで、十分な気持ちになってしまって・・・
ツイッターは140文字。
たった140文字なのに、書き込むとその文字数で済んでしまう。
思っていることを表現するのに、
な~んだ、たった140文字で十分だったんだ。
さんぽ道をスタートして満11年が過ぎ、
スタートからずっと「日記」や「エッセイらしきもの」を書き続けてきた。
気がつくと、それらの文章は、
最初のころよりもずっと文字数が多くなっている。
短く、短く、と思うのに、ついついダラダラっと入力してしまい、
何が言いたいのか、自分でもよく分からなくなったり。
そんな私にとって、
たった「140文字だけ」というのは、センセーショナルな体験。
いえ、ツイッターがこんなに広まったのは、
このことに尽きるんだ、、、と思いました。
もちろん、
そこからコミュニケーションが広がるという部分も大きいけれど、
手軽に、手短に、そのときの思いを伝える・・・というツールが、
文字が溢れ、情報が溢れすぎたインターネットの中に必要だったのかも。
ほらね、ちょこっとのつもりが、やっぱり長くなってしまうのね~
短く書くって、難しい・・・
2010年3月 1日 21:21
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コンピューター
想い...色々
考えてみれば、
人は誰も、生まれてから一度も、正しい自分の顔を知らないのです。
写真というものはあるけれど、写真は動かないし。
動画ならば、かなり正しい自分の顔に近いのかな?
あまり、動画で自分の顔などは見たことがないので、
よく分からない・・・
って、いったい何をブツブツ言っているのかというと・・・
少し前から、ツイッターに登録して楽しんでいます。
主に、政治家の書いたツイッターを読んで、
それぞれの個性に頷いたり笑ったり呆れたり。
ついでに、自分もときどきつぶやいています。
ほとんどが他愛の無いつぶやきだけど、
これが結構面白くって、毎日ちょこっと。
そんなわけで、自分のツイッターに載せるアイコンに、
自分で描いた似顔絵を使っています。
大急ぎで、大雑把に描いた似顔絵で、
もう、かなり大幅に年齢をさば読んでいる風のアイコン。
で、ふっと気がついたのです。
あれ! これって左右逆転してるじゃない!って。
思えば、自分の顔を見るのは、日々鏡の中でのみ。
鏡、そこに映る自分の顔は、そうです、左右反転しているのです。
だから、大急ぎで描いたイラストも左右反転してた。
前髪の分け目が反対だもの。
ぜんぜん気がつかなかった。これで良いと思ってた。
でも、他の人から私を見ると、これでは逆なのです。
そうなんだ・・・ 私は鏡の中の自分しか見ていない。
だから、鏡の中の自分が正しい顔だと思ってた。
慌てて、イラストをフォトショップで左右反転させてみて、ビックリ。
左右反転したイラストは、顔が歪んでしまって、とても使い物にならなかった。
ということは、私の顔も・・・?
なんだか、知らなくて良いことを知ってしまったみたいで、
小さなショック・・・

はい、大幅にさば読んでます、すみません(^^ゞ
2010年2月23日 21:07
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コンピューター
想い...色々
40年以上の月日が流れ過ぎて、再び出会った何点かの「写真」。
あの時と変わらない映像が、今、目の前にあることに、
不思議な感動を覚えた。
大学に入学して最初に行った写真展・・・
「アンリ・カルティエ=ブレッソン 決定的瞬間その後」
その写真展のレポートを提出しなくちゃいけなかったので、
何を書けばよいのだろう?と思いながら、
かなり義務的な気持ちで作品をひとつひとつ見て歩いた。
そんな義務感を一瞬にして消し去るほど私を惹きつけたのは、
たくさんの作品の中の1枚、
彫刻家のジャコメッティが、雨の中を向こうから歩いてくる写真。
その写真に、今日も再び出会えた。
ジャコメッティは、コートを頭まで被り、
片手をコートのポケットに突っ込んで、
冷たい雨の中を歩いてくる。
有名な写真ではあるけれど、
普段は目にすることも無く、40年、すっかり忘れていた。
その写真の前で、他の人たちの見学を妨げるように、
私はずっと立ち止まって見続けた。
確か、レポートにもこの写真のことを書いたっけ。
「たった一枚の写真が、一人の芸術家の日常を、過去と現在を、
ありありと描き出していた。 映画のワンシーンのように」
というようなことを・・・
今日は、午前のうちに銀座で事務的な仕事を済ませて、その足で、
恵比寿ガーデンプレイスの東京都写真美術館へ寄った。
都写真美術館では、
「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン」展をやっていた。
ともにライカで、
日本とヨーロッパの人々やその世界を、個性的に撮り続けたカメラマン。
繰り広げられたモノクロの映像の中に、
かつてそこに生きていた確かな人間たちの命を、
静かに感じて来ました。

相変わらず、携帯カメラが調子悪くて・・・

※ブレッソンの写真はこちらのマグナムのサイトにあります。ゆっくり見てみてください。
※ゆっくり見る時間の無い方へ、記事にあるジャコメッティのポートレートはこちらです。
2010年1月26日 21:00
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想い...色々
あけましておめでとうございます。
三が日は、いつもよりも増えた家族の食欲を満たすため、
ず~っと、キッチンに居たみたいな気がする。
そんな三が日が終わって、今日はちょっと落ち着いて、
いつものように、鎌倉八幡宮に初詣へ。
我が家の夫は興味ないので、いつも私一人で行くのです。
八幡宮はいつものように、大勢の初詣客。
小町通りも、人人人の波が続いていたけれど、
お参りの帰りに好みのお店を覗くのも、楽しい私の初詣。
今年は、やきもののお店でビアマグと、
小さな雑貨屋さんで、可愛いアクセサリーを買いました。
あ、壱番館のおせんべいも!
ところで、鎌倉へ行くために藤沢の駅まで行く途中、
ハローワークの前を通ります。
今日から始まったハローワークは、
すでに駐車場に入る車が数台も並んでいた。
そっか・・・
お正月を、職を探せないまま過ごした人たちは、
正月明けを待ちかねて、急いで就活を再開したのね。
どんなにか、心の重たい正月だったことだろう。
この日本の停滞的不況はいつまで続くことか?
この2010年も明るい見通しが見えないままのスタート。
ハローワークに並ぶ車の横を通りながら、
ちょっと憂鬱な気持ちになりました。
どうか、少しでも良い年になりますように・・・

八幡宮のそばの材木家さん。立てかけた材木に、こんなご挨拶が描かれていました。
2010年1月 4日 22:06
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想い...色々
風景
いよいよ、今年とお別れが目前。
昔に比べたら、「な~んにもしてない」と言えるくらい、
年末の仕事は省略して、
そこそこに大掃除やお正月の支度をしています。
そんな日中に、「あ、これを日記に書こう!」と
出くわしたいろいろなことを頭に書き留めておくのだけれど、
夜になってキーボードを前にすると、
なんだかとってもつまらないことに思えて、
結局キーはひとつも打たないで終わってしまう。
色々なことを見、聞き、肌で感じるのに、
いざ・・と思うと、どれも、あまりに他愛のないことに思えて・・・
少し前までは、そういう迷いは全く無かったのに、心がとっても鈍い。
どうしてかな? と不思議です。
10年以上も続けてきたから?
積み重なった年が全てを飲み込んで、
いつの間にか、お腹がいっぱいになってしまってるのか?
新しい年に変わります。
どうしたら、フレッシュな気持ちで、
物事に向かい、物事を心にとどめることができるのか?
答えを探しながら、新しい年をスタートしたいと思います。
って、きっと何もしないと・・・思うけど・・・

お正月のお花を買ってきて、バケツに入れておいたら、
さくらがクンクン・・・
大好きなキャベツやブロッコリーに似てるのかな?
食べちゃダメよ。
2009年12月29日 20:35
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想い...色々

忘れたいものがいっぱいで・・・と書きながら、
少しだけ矛盾しているのかな?と思いつつ、
何だか今日の雨は少しばかりメランコリーに・・・
歳を重ねると、
得るものよりも、失うものの方が多いのだなあ~と、
そんなことをしみじみと感じていました。
若い若い頃、
明日には希望がいっぱいで、
今日失ったものがあっても、
明日はまた違うものを手にするだろうという期待がありました。
でも最近は、期待とはあまりにほど遠い、
大切なものをひとつひとつ失っていく日々があるばかり。
シンプルに生きたい・・と切望しながら、
一方では、失うものに寂寥感を抑えられません。
そしてまた一方では、忘れてしまいたいものも沢山抱えている。
あ~ 歳を重ねることって、
なんとまあ、面倒なことなのでしょう・・・
※写真は京都大原三千院付近です
2009年12月 3日 11:36
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想い...色々

ある素敵な男性からのお手紙に書いてありました。
若者がよく「自分探しの旅に出る」と言いますが、
この歳になると「自分忘れの旅」という感じです。
その男性が外国の旅から帰ってきて書いて下さった手紙です。
私も、まさにそんな気持ち。
あたふたとた日々の中からの「自分忘れの旅」紅葉に染まった2日間。
それからもう1週間近くが過ぎて、
再びあたふたの日常に戻っています。
また、「自分忘れ」したいな~
今度は、何時、どこで「自分忘れ」が出来るかな~?
そう、歳がいっぱい増えると、
忘れてしまいたいことがいっぱい有り過ぎて・・・
そして、その手紙はこう続きます。
さて、自分と再会した後、
これからは制作の日々が続きます。
君のもとに良い作品を届けることが出来るよう、
努力していきたいと思っています。
わ~ いつ作品ができるんだろう?
首をながーくして待っています。
(引用したお手紙は、隔月に届けられる素晴らしいアーチストの、
とある会報の1ページです。すみません・・・)
2009年12月 1日 13:04
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エンターテイメント
想い...色々
風景
ほんとにね~
自分で設定したのに、忘れてた・・・
スパムがたま~に入るので(ほとんどアダルト系)
「本文の中に、英語(アルファベット)の文字が入る」のも禁止にしたんだった。
Wordは英語だものね。
禁止ワードはこれだった・・・
しかし、自分で設定してて、完全に忘れてるなんて・・・ なんか・・・
2009年11月10日 20:43
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想い...色々
言葉
昨日は、藤沢の推進センターというところで、
パソコン好きの仲間が集まって、一応勉強会。
パソコンの入ったバッグを提げて歩いていると、
強い風と、眩しい太陽で、汗ばむくらいの陽気だったのに・・・
今日は、とーっても寒くて、秋を通り越して冬みたい。
でも、昨日から11月です。まだ秋の真ん中です!
いつも思うけれど、地球が変転してて、
気候に優しさが無くなって、
たった1日で季節が変化して・・・
その変化に合わせなくちゃならない体は、
もう若くないので辛いです。
ところで、
反省しています。
昨日、集まった仲間の中で、ひとり「忙しい」を連発した私。
他の人たちだって、みんなそれぞれに忙しいのに、
私は何を甘えてるんだろう。
もう、「忙しい」なんて愚痴らないぞ!と誓った次第・・・
そんな翌日の今日の夕方。ずっと海岸道路を突っ走る。
帰路を急ぐ車から見える空、雲、海・・・
ときどき強くなる雨も交じって、とても幻想的だった。
ふと見上げれば、まんまるなお月さまも。
(街路灯に見えるけど、1個はお月さまです)

どんなところにも、感動できるものはあるのです。
「忙しい」なんて愚痴ってると、
見損なっちゃうな~と思いました。
2009年11月 2日 21:40
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地球・環境・命
想い...色々
風景

加藤和彦さんが亡くなったニュースを聞いたのは、
先週、江の島で走り回っていたときだった。
忙しくて、取り出す暇がなかったけれど、
数日して、屋根裏から引っ張り下ろしたのは、このアルバム3枚。
ダンボールの中で埃にまみれ、色も黄ばんでしまっているけれど、
これらは、私の青春時代と重なる大切な大切なアルバムたち。
3人の誰のファンというわけではなく、
フォークル(フォーククルセダーズのことをそう呼んでた)の感性が、
楽しくて大好きで、3枚のアルバムを、
磨り減るかと思うくらい、繰り返し聴いていたっけ。
CDは数年前に買った復刻版。まだ2枚しか買ってなかった。
あと1枚も買っておかなくちゃ。
誰もが耳にしたことのある曲ではなく、
これらのアルバムでしか聴く事のできない、多くの曲たちの中にこそ、
彼らの類まれな感性が溢れている。
もちろん、彼らの口上もまた、それはそれは可笑しくて、
何度も聞いているのに、聞く度に笑ってしまったっけ。
加藤和彦さんの音楽人生は、フォークル以後の方が、
日本の音楽界にとって、ずっとウェイトが大きいのだとは思うけれど、
私にとっては、フォークルが全てだった。
それは、私の、あるときは傷心だったり、あるときは煌いていたり、
あるときは孤独だったり、あるときは華やいでいたり・・・
そんな青春時代の1ページを、彼ら特有の「はれんち」という言葉と一緒に、
ファイルしてくれていた気がする。
だけど・・・
加藤和彦さんの死と共に、
そんなファイルの1ページが開けなくなってしまった。
アルバムを聴いたら・・・ 戻ってくるのだろうか・・・
2009年10月22日 21:18
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エンターテイメント
想い...色々
朝刊の人生案内に書かれてあったことです。
50代の女性の相談者は、ご主人を亡くされて、
その葬儀は身内とごく親しい人たちだけで済まされたとか。
その後、友人仲間がお参りにこられて、
そのときのお供物が、1人あたり500円のものだった、
お返しに失礼があってはいけないから、
結局同額をお返ししたけれど、
祝儀・不祝儀には一般常識というものがあると思うが、
親しく付き合っていた友人達はあまりにも分別が無いのでは?
不快に思う私はおかしいのでしょうか?
(お参りに1人500円は有り得ない、という・・・)
と、そんな相談でした。
で、ええ~?っと思ってしまった。
だって、知人友人に気を使っていただくのを避けるため、
身内だけの葬儀をしたのじゃないの?
その友人仲間は、みなで相談して、
「身内だけの葬儀をされたのだから、
ちゃんとしたご仏前を差し上げたら、きっと気にされる、
お返しにも気を使われるから、
お返ししなくてもいい金額だけで、
そっとお供物を置いていきましょう」と、
あれこれ悩んだ結果の、1人500円だったのではないだろうか?
それなのに、不快に思うなんて・・・
(人生相談の回答は、ちょっと違う方向だったけれど)
同額のお返しを送られて、その友人達は、
きっと、心の落ち着けない思いをしたことでしょう。
身内だけの葬儀って、
そういうこと(お参りの気遣いはご無用に)を含めての
ことなのじゃないかなと思っていたのだけど、違うのだろうか?
朝刊に向って、ブツブツと文句を言っていた朝のこと。
何が常識なのか、とても難しいと思う話でした。

我が家近辺では台風の被害はほとんど無く、道一面にキンモクセイの花が散ったくらいでした。
2009年10月 8日 22:20
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想い...色々
日常から
いつも見ている片岡鶴太郎さんのブログ、
そして浜美枝さんのブログ、その両方から知った個展の話。
箱根の浜美枝さんのご自宅で、鶴太郎さんの個展を開催する、という。
すぐにwebからチケットの申込をしていたのがずいぶん前のこと。
忘れてしまった頃に、封筒が届いてチケットが入っていた。
会期は1週間。
姉と日程を合わせて、昨日箱根へ行って来ました。
箱根芦ノ湖近くのひっそりとした住宅地に、
浜美枝さんのご自宅である「やまぼうし」が
深くそして眩しいような木々の緑に包まれていました。
思ったとおり、何から何まで素晴らしい空間。
100年を超えるという古民家の廃材を集めて作られたご自宅は、
そこに佇むだけで、やさしさに包まれるよう。
どの柱も梁も、扉も床も、触れると感じられる暖かいぬくもり。
そんな中で、鶴太郎さんの命を慈しむような作品が並べられていて、
これはもう、最高の空間になるのは当たり前です。

庭先で愛らしい山草を夢中で撮影していたら、
後ろから「ようこそいらっしゃいました」と声が・・・
はっと振り向けば、なんとそこには浜美枝さんご本人が立っていらっしゃいました。
ビックリ! もうドキドキ!
ちょうど出かけなくてはならなくて、もうしわけありません、どうぞごゆっくり・・・と
美しい声と優しい言葉で話されて、丁寧に頭を下げられて、
私達はなんと返事したのやら、覚えても居ない・・・

室内の撮影は、鶴太郎さんの作品を避けなくてはならないので、
あまり撮れなかったけれど・・・
家のあちこちもじっくり見たいし、
鶴太郎さんの作品もじっくり見たいし、
あちこちあちこち、キョロキョロばかりの私たち。

他の写真をもう少しブログ(さらさらsarasa)に載せています。
お茶をいただけるティルームがあって、
そこでコーヒーとバナナケーキをいただきました。
静かなジャズが流れていて、ほんとうに落ち着きました。

著書を置いてあったので、頂いて帰りました。とても素敵な本です。

2009年8月28日 11:25
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エンターテイメント
想い...色々
長い間、ずっと同じ環境で続けていたさんぽ道。
そのままでも良かったのだけれど、
何かに押されるようにして、新しいさんぽ道にリニューアル。
ひとつは、「小さなエッセイ」のデザインが、
最新のブラウザでは崩れてしまうことがきっかけで、
デザインのソースをあれこれ触って修正するくらいなら、
いっそのこと、新しいものを作ってしまおう・・・
そんな気持ちからリニューアル作業がスタート。
何もかも心機一転。
URLも変わり、日記以外の何もないさんぽ道が出来上がりました。
まだ、修正が必要になるかもしれないけれど、
とりあえず、ここから再スタートです。
また、ゆっくりと続けていきます。
どうぞ、よろしく(^^)

雨に濡れるレンゲショウマの蕾たち...
2009年8月 1日 00:22
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想い...色々