気がつけば三月です。
オリンピックも閉会してしまいました。
風邪がなかなか抜けなくて、
おまけにちょっと体調を狂わせたりしてたので、
どうにも、元気の出ない2月でした、が! 三月です。
それにしても、さんぽ道に日記を書くペースが、
ガクンと下がっています。
大きな理由は、元気が無かったこともあったけれど、
毎日ちょこちょこっとツイッターで呟いていたら、
なんだかそれだけで、十分な気持ちになってしまって・・・
ツイッターは140文字。
たった140文字なのに、書き込むとその文字数で済んでしまう。
思っていることを表現するのに、
な~んだ、たった140文字で十分だったんだ。
さんぽ道をスタートして満11年が過ぎ、
スタートからずっと「日記」や「エッセイらしきもの」を書き続けてきた。
気がつくと、それらの文章は、
最初のころよりもずっと文字数が多くなっている。
短く、短く、と思うのに、ついついダラダラっと入力してしまい、
何が言いたいのか、自分でもよく分からなくなったり。
そんな私にとって、
たった「140文字だけ」というのは、センセーショナルな体験。
いえ、ツイッターがこんなに広まったのは、
このことに尽きるんだ、、、と思いました。
もちろん、
そこからコミュニケーションが広がるという部分も大きいけれど、
手軽に、手短に、そのときの思いを伝える・・・というツールが、
文字が溢れ、情報が溢れすぎたインターネットの中に必要だったのかも。
ほらね、ちょこっとのつもりが、やっぱり長くなってしまうのね~
短く書くって、難しい・・・
2010年3月 1日 21:21
|
カテゴリー:
コンピューター
想い...色々
考えてみれば、
人は誰も、生まれてから一度も、正しい自分の顔を知らないのです。
写真というものはあるけれど、写真は動かないし。
動画ならば、かなり正しい自分の顔に近いのかな?
あまり、動画で自分の顔などは見たことがないので、
よく分からない・・・
って、いったい何をブツブツ言っているのかというと・・・
少し前から、ツイッターに登録して楽しんでいます。
主に、政治家の書いたツイッターを読んで、
それぞれの個性に頷いたり笑ったり呆れたり。
ついでに、自分もときどきつぶやいています。
ほとんどが他愛の無いつぶやきだけど、
これが結構面白くって、毎日ちょこっと。
そんなわけで、自分のツイッターに載せるアイコンに、
自分で描いた似顔絵を使っています。
大急ぎで、大雑把に描いた似顔絵で、
もう、かなり大幅に年齢をさば読んでいる風のアイコン。
で、ふっと気がついたのです。
あれ! これって左右逆転してるじゃない!って。
思えば、自分の顔を見るのは、日々鏡の中でのみ。
鏡、そこに映る自分の顔は、そうです、左右反転しているのです。
だから、大急ぎで描いたイラストも左右反転してた。
前髪の分け目が反対だもの。
ぜんぜん気がつかなかった。これで良いと思ってた。
でも、他の人から私を見ると、これでは逆なのです。
そうなんだ・・・ 私は鏡の中の自分しか見ていない。
だから、鏡の中の自分が正しい顔だと思ってた。
慌てて、イラストをフォトショップで左右反転させてみて、ビックリ。
左右反転したイラストは、顔が歪んでしまって、とても使い物にならなかった。
ということは、私の顔も・・・?
なんだか、知らなくて良いことを知ってしまったみたいで、
小さなショック・・・

はい、大幅にさば読んでます、すみません(^^ゞ
2010年2月23日 21:07
|
カテゴリー:
コンピューター
想い...色々
40年以上の月日が流れ過ぎて、再び出会った何点かの「写真」。
あの時と変わらない映像が、今、目の前にあることに、
不思議な感動を覚えた。
大学に入学して最初に行った写真展・・・
「アンリ・カルティエ=ブレッソン 決定的瞬間その後」
その写真展のレポートを提出しなくちゃいけなかったので、
何を書けばよいのだろう?と思いながら、
かなり義務的な気持ちで作品をひとつひとつ見て歩いた。
そんな義務感を一瞬にして消し去るほど私を惹きつけたのは、
たくさんの作品の中の1枚、
彫刻家のジャコメッティが、雨の中を向こうから歩いてくる写真。
その写真に、今日も再び出会えた。
ジャコメッティは、コートを頭まで被り、
片手をコートのポケットに突っ込んで、
冷たい雨の中を歩いてくる。
有名な写真ではあるけれど、
普段は目にすることも無く、40年、すっかり忘れていた。
その写真の前で、他の人たちの見学を妨げるように、
私はずっと立ち止まって見続けた。
確か、レポートにもこの写真のことを書いたっけ。
「たった一枚の写真が、一人の芸術家の日常を、過去と現在を、
ありありと描き出していた。 映画のワンシーンのように」
というようなことを・・・
今日は、午前のうちに銀座で事務的な仕事を済ませて、その足で、
恵比寿ガーデンプレイスの東京都写真美術館へ寄った。
都写真美術館では、
「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン」展をやっていた。
ともにライカで、
日本とヨーロッパの人々やその世界を、個性的に撮り続けたカメラマン。
繰り広げられたモノクロの映像の中に、
かつてそこに生きていた確かな人間たちの命を、
静かに感じて来ました。

相変わらず、携帯カメラが調子悪くて・・・

※ブレッソンの写真はこちらのマグナムのサイトにあります。ゆっくり見てみてください。
※ゆっくり見る時間の無い方へ、記事にあるジャコメッティのポートレートはこちらです。
2010年1月26日 21:00
|
カテゴリー:
想い...色々
あけましておめでとうございます。
三が日は、いつもよりも増えた家族の食欲を満たすため、
ず~っと、キッチンに居たみたいな気がする。
そんな三が日が終わって、今日はちょっと落ち着いて、
いつものように、鎌倉八幡宮に初詣へ。
我が家の夫は興味ないので、いつも私一人で行くのです。
八幡宮はいつものように、大勢の初詣客。
小町通りも、人人人の波が続いていたけれど、
お参りの帰りに好みのお店を覗くのも、楽しい私の初詣。
今年は、やきもののお店でビアマグと、
小さな雑貨屋さんで、可愛いアクセサリーを買いました。
あ、壱番館のおせんべいも!
ところで、鎌倉へ行くために藤沢の駅まで行く途中、
ハローワークの前を通ります。
今日から始まったハローワークは、
すでに駐車場に入る車が数台も並んでいた。
そっか・・・
お正月を、職を探せないまま過ごした人たちは、
正月明けを待ちかねて、急いで就活を再開したのね。
どんなにか、心の重たい正月だったことだろう。
この日本の停滞的不況はいつまで続くことか?
この2010年も明るい見通しが見えないままのスタート。
ハローワークに並ぶ車の横を通りながら、
ちょっと憂鬱な気持ちになりました。
どうか、少しでも良い年になりますように・・・

八幡宮のそばの材木家さん。立てかけた材木に、こんなご挨拶が描かれていました。
2010年1月 4日 22:06
|
カテゴリー:
想い...色々
風景
いよいよ、今年とお別れが目前。
昔に比べたら、「な~んにもしてない」と言えるくらい、
年末の仕事は省略して、
そこそこに大掃除やお正月の支度をしています。
そんな日中に、「あ、これを日記に書こう!」と
出くわしたいろいろなことを頭に書き留めておくのだけれど、
夜になってキーボードを前にすると、
なんだかとってもつまらないことに思えて、
結局キーはひとつも打たないで終わってしまう。
色々なことを見、聞き、肌で感じるのに、
いざ・・と思うと、どれも、あまりに他愛のないことに思えて・・・
少し前までは、そういう迷いは全く無かったのに、心がとっても鈍い。
どうしてかな? と不思議です。
10年以上も続けてきたから?
積み重なった年が全てを飲み込んで、
いつの間にか、お腹がいっぱいになってしまってるのか?
新しい年に変わります。
どうしたら、フレッシュな気持ちで、
物事に向かい、物事を心にとどめることができるのか?
答えを探しながら、新しい年をスタートしたいと思います。
って、きっと何もしないと・・・思うけど・・・

お正月のお花を買ってきて、バケツに入れておいたら、
さくらがクンクン・・・
大好きなキャベツやブロッコリーに似てるのかな?
食べちゃダメよ。
2009年12月29日 20:35
|
カテゴリー:
想い...色々

忘れたいものがいっぱいで・・・と書きながら、
少しだけ矛盾しているのかな?と思いつつ、
何だか今日の雨は少しばかりメランコリーに・・・
歳を重ねると、
得るものよりも、失うものの方が多いのだなあ~と、
そんなことをしみじみと感じていました。
若い若い頃、
明日には希望がいっぱいで、
今日失ったものがあっても、
明日はまた違うものを手にするだろうという期待がありました。
でも最近は、期待とはあまりにほど遠い、
大切なものをひとつひとつ失っていく日々があるばかり。
シンプルに生きたい・・と切望しながら、
一方では、失うものに寂寥感を抑えられません。
そしてまた一方では、忘れてしまいたいものも沢山抱えている。
あ~ 歳を重ねることって、
なんとまあ、面倒なことなのでしょう・・・
※写真は京都大原三千院付近です
2009年12月 3日 11:36
|
カテゴリー:
想い...色々

ある素敵な男性からのお手紙に書いてありました。
若者がよく「自分探しの旅に出る」と言いますが、
この歳になると「自分忘れの旅」という感じです。
その男性が外国の旅から帰ってきて書いて下さった手紙です。
私も、まさにそんな気持ち。
あたふたとた日々の中からの「自分忘れの旅」紅葉に染まった2日間。
それからもう1週間近くが過ぎて、
再びあたふたの日常に戻っています。
また、「自分忘れ」したいな~
今度は、何時、どこで「自分忘れ」が出来るかな~?
そう、歳がいっぱい増えると、
忘れてしまいたいことがいっぱい有り過ぎて・・・
そして、その手紙はこう続きます。
さて、自分と再会した後、
これからは制作の日々が続きます。
君のもとに良い作品を届けることが出来るよう、
努力していきたいと思っています。
わ~ いつ作品ができるんだろう?
首をながーくして待っています。
(引用したお手紙は、隔月に届けられる素晴らしいアーチストの、
とある会報の1ページです。すみません・・・)
2009年12月 1日 13:04
|
カテゴリー:
エンターテイメント
想い...色々
風景
ほんとにね~
自分で設定したのに、忘れてた・・・
スパムがたま~に入るので(ほとんどアダルト系)
「本文の中に、英語(アルファベット)の文字が入る」のも禁止にしたんだった。
Wordは英語だものね。
禁止ワードはこれだった・・・
しかし、自分で設定してて、完全に忘れてるなんて・・・ なんか・・・
2009年11月10日 20:43
|
カテゴリー:
想い...色々
言葉
昨日は、藤沢の推進センターというところで、
パソコン好きの仲間が集まって、一応勉強会。
パソコンの入ったバッグを提げて歩いていると、
強い風と、眩しい太陽で、汗ばむくらいの陽気だったのに・・・
今日は、とーっても寒くて、秋を通り越して冬みたい。
でも、昨日から11月です。まだ秋の真ん中です!
いつも思うけれど、地球が変転してて、
気候に優しさが無くなって、
たった1日で季節が変化して・・・
その変化に合わせなくちゃならない体は、
もう若くないので辛いです。
ところで、
反省しています。
昨日、集まった仲間の中で、ひとり「忙しい」を連発した私。
他の人たちだって、みんなそれぞれに忙しいのに、
私は何を甘えてるんだろう。
もう、「忙しい」なんて愚痴らないぞ!と誓った次第・・・
そんな翌日の今日の夕方。ずっと海岸道路を突っ走る。
帰路を急ぐ車から見える空、雲、海・・・
ときどき強くなる雨も交じって、とても幻想的だった。
ふと見上げれば、まんまるなお月さまも。
(街路灯に見えるけど、1個はお月さまです)

どんなところにも、感動できるものはあるのです。
「忙しい」なんて愚痴ってると、
見損なっちゃうな~と思いました。
2009年11月 2日 21:40
|
カテゴリー:
地球・環境・命
想い...色々
風景

加藤和彦さんが亡くなったニュースを聞いたのは、
先週、江の島で走り回っていたときだった。
忙しくて、取り出す暇がなかったけれど、
数日して、屋根裏から引っ張り下ろしたのは、このアルバム3枚。
ダンボールの中で埃にまみれ、色も黄ばんでしまっているけれど、
これらは、私の青春時代と重なる大切な大切なアルバムたち。
3人の誰のファンというわけではなく、
フォークル(フォーククルセダーズのことをそう呼んでた)の感性が、
楽しくて大好きで、3枚のアルバムを、
磨り減るかと思うくらい、繰り返し聴いていたっけ。
CDは数年前に買った復刻版。まだ2枚しか買ってなかった。
あと1枚も買っておかなくちゃ。
誰もが耳にしたことのある曲ではなく、
これらのアルバムでしか聴く事のできない、多くの曲たちの中にこそ、
彼らの類まれな感性が溢れている。
もちろん、彼らの口上もまた、それはそれは可笑しくて、
何度も聞いているのに、聞く度に笑ってしまったっけ。
加藤和彦さんの音楽人生は、フォークル以後の方が、
日本の音楽界にとって、ずっとウェイトが大きいのだとは思うけれど、
私にとっては、フォークルが全てだった。
それは、私の、あるときは傷心だったり、あるときは煌いていたり、
あるときは孤独だったり、あるときは華やいでいたり・・・
そんな青春時代の1ページを、彼ら特有の「はれんち」という言葉と一緒に、
ファイルしてくれていた気がする。
だけど・・・
加藤和彦さんの死と共に、
そんなファイルの1ページが開けなくなってしまった。
アルバムを聴いたら・・・ 戻ってくるのだろうか・・・
2009年10月22日 21:18
|
カテゴリー:
エンターテイメント
想い...色々
朝刊の人生案内に書かれてあったことです。
50代の女性の相談者は、ご主人を亡くされて、
その葬儀は身内とごく親しい人たちだけで済まされたとか。
その後、友人仲間がお参りにこられて、
そのときのお供物が、1人あたり500円のものだった、
お返しに失礼があってはいけないから、
結局同額をお返ししたけれど、
祝儀・不祝儀には一般常識というものがあると思うが、
親しく付き合っていた友人達はあまりにも分別が無いのでは?
不快に思う私はおかしいのでしょうか?
(お参りに1人500円は有り得ない、という・・・)
と、そんな相談でした。
で、ええ~?っと思ってしまった。
だって、知人友人に気を使っていただくのを避けるため、
身内だけの葬儀をしたのじゃないの?
その友人仲間は、みなで相談して、
「身内だけの葬儀をされたのだから、
ちゃんとしたご仏前を差し上げたら、きっと気にされる、
お返しにも気を使われるから、
お返ししなくてもいい金額だけで、
そっとお供物を置いていきましょう」と、
あれこれ悩んだ結果の、1人500円だったのではないだろうか?
それなのに、不快に思うなんて・・・
(人生相談の回答は、ちょっと違う方向だったけれど)
同額のお返しを送られて、その友人達は、
きっと、心の落ち着けない思いをしたことでしょう。
身内だけの葬儀って、
そういうこと(お参りの気遣いはご無用に)を含めての
ことなのじゃないかなと思っていたのだけど、違うのだろうか?
朝刊に向って、ブツブツと文句を言っていた朝のこと。
何が常識なのか、とても難しいと思う話でした。

我が家近辺では台風の被害はほとんど無く、道一面にキンモクセイの花が散ったくらいでした。
2009年10月 8日 22:20
|
カテゴリー:
想い...色々
日常から
いつも見ている片岡鶴太郎さんのブログ、
そして浜美枝さんのブログ、その両方から知った個展の話。
箱根の浜美枝さんのご自宅で、鶴太郎さんの個展を開催する、という。
すぐにwebからチケットの申込をしていたのがずいぶん前のこと。
忘れてしまった頃に、封筒が届いてチケットが入っていた。
会期は1週間。
姉と日程を合わせて、昨日箱根へ行って来ました。
箱根芦ノ湖近くのひっそりとした住宅地に、
浜美枝さんのご自宅である「やまぼうし」が
深くそして眩しいような木々の緑に包まれていました。
思ったとおり、何から何まで素晴らしい空間。
100年を超えるという古民家の廃材を集めて作られたご自宅は、
そこに佇むだけで、やさしさに包まれるよう。
どの柱も梁も、扉も床も、触れると感じられる暖かいぬくもり。
そんな中で、鶴太郎さんの命を慈しむような作品が並べられていて、
これはもう、最高の空間になるのは当たり前です。

庭先で愛らしい山草を夢中で撮影していたら、
後ろから「ようこそいらっしゃいました」と声が・・・
はっと振り向けば、なんとそこには浜美枝さんご本人が立っていらっしゃいました。
ビックリ! もうドキドキ!
ちょうど出かけなくてはならなくて、もうしわけありません、どうぞごゆっくり・・・と
美しい声と優しい言葉で話されて、丁寧に頭を下げられて、
私達はなんと返事したのやら、覚えても居ない・・・

室内の撮影は、鶴太郎さんの作品を避けなくてはならないので、
あまり撮れなかったけれど・・・
家のあちこちもじっくり見たいし、
鶴太郎さんの作品もじっくり見たいし、
あちこちあちこち、キョロキョロばかりの私たち。

他の写真をもう少しブログ(さらさらsarasa)に載せています。
お茶をいただけるティルームがあって、
そこでコーヒーとバナナケーキをいただきました。
静かなジャズが流れていて、ほんとうに落ち着きました。

著書を置いてあったので、頂いて帰りました。とても素敵な本です。

2009年8月28日 11:25
|
カテゴリー:
エンターテイメント
想い...色々
長い間、ずっと同じ環境で続けていたさんぽ道。
そのままでも良かったのだけれど、
何かに押されるようにして、新しいさんぽ道にリニューアル。
ひとつは、「小さなエッセイ」のデザインが、
最新のブラウザでは崩れてしまうことがきっかけで、
デザインのソースをあれこれ触って修正するくらいなら、
いっそのこと、新しいものを作ってしまおう・・・
そんな気持ちからリニューアル作業がスタート。
何もかも心機一転。
URLも変わり、日記以外の何もないさんぽ道が出来上がりました。
まだ、修正が必要になるかもしれないけれど、
とりあえず、ここから再スタートです。
また、ゆっくりと続けていきます。
どうぞ、よろしく(^^)

雨に濡れるレンゲショウマの蕾たち...
2009年8月 1日 00:22
|
カテゴリー:
想い...色々